OUR STORY

JARED CAMPION

Dream Drive Founder & CEO ドリームドライブ創業者 / CEO ジャレド・カンピォンの想い

“人々がより多くの夕日と星空を体験し、より多くの冒険をし、いつでもその自由と柔軟性を手に入れる事ができるプロセスを望んでいます

私の昔話はいつも、オーストラリアでのロードトリップから始まります

「私が仲間に昔話をしようとするとき、それは いつも、オーストラリアでのロードトリップの話から始まります。」と、ドリームドライブの創業者兼CEOであるジャレド・カンピォンは言います。

ある時、ジャレドは『なぜ?』と自問しなければなりませんでした。なぜ私のすべての物語は旅から始まり、なぜ私はここ『日本』での生活に、そのような瞬間 『旅』 を含めなかったのだろう。

 日本で約十年間、会社員として働いた後、ジャレドは、多くの日本人が海外でのロードトリップを経験していることに気付きました。「人々はキャンピングカーを借りるために、アメリカ、オーストラリア、またはヨーロッパに行きますが、当時、ここ日本でのロードトリップは簡単に考えられることではありませんでした。」ジャレドは、この自由に溢れる旅行スタイル「ロードトリップ」をもっと多くの日本人に体験して欲しいと心から願うようになり、いつしか彼の夢は、日本の為のキャンピングカーを作る事になっていました。

 

キャンパーバンと過ごした幼少期と、
オーストラリアでのリアルバンライフ

世界を放浪するヒッピーだった、イギリス人の父とオーストラリア人の母の間に産まれたジャレドは、幼少期をイギリスの田舎町で過ごしました。彼の両親は、Bertieと名付けたフォルクスワーゲンのキャンパーバンを保有しており、家族と過ごす時間の多くをBertieと共にしました。幼いジャレドは、あっという間にバンライフに夢中になりました。十六歳で母の両親が住むオーストラリアへ移住し念願の免許を取得。

オーストラリアに移住してすぐ、イギリスとは比較できないほど、大量のキャンピングカーが走っている事に驚きました。ほとんどの家族がキャンピングカーを保有し、たくさんの人々がロードトリップを経験していました。大学で家具作りの基礎を学んだジャレドは、友人が乗っていたBertieによく似たキャンパーに、簡単な改造を加え、初めてのロードトリップに出掛けます。

その後、数年間に渡り、時には果樹園での季節労働をしながら、オーストラリア内陸やクイーンズランド州をキャンパーバンで周りながら、ジャレドのバンライフは続きました。夜はファイヤーを囲み、歌い、語り、BBQをして、自由なライフスタイルに、本当に生きていると強く感じました。
そんな幼少期と青春を過ごしたジャレドがバンライフから得たのは人生の学びだけではありませんでした。

「私は、オーストラリアとヨーロッパのバンライフの仕組みに興味深い違いがある事に気がつきました。ヨーロッパは狭い公道に合わせてバンはコンパクトであり、調理はバンの中が好まれるのに対し、オーストラリアでは、ほとんどの調理は外で行われます。」

このヨーロッパとオーストラリアという二つのロケーションでのバンライフ体験が、後のジャレドに大きなヒントと自信を与えることになるとは、この時のジャレドは知る由もありませんでした。

トーキョーから日本へ。新しいカルチャーとの出会い。

結婚して間もなかったジャレドと妻のガブリエルは、ジャレドのルーツでもあるヨーロッパを2年かけて回る計画を立てました。オーストラリアからヨーロッパのトランジットとして日本が候補に上がった時、二人はワクワクした気持ちで日本のワーキングホリデービザを取得し、期限は最大1年のつもりで日本に降り立ちます。

「オーストラリアでバンライフをしている時、ワーキングホリデーで来ているいる日本人と沢山の交流がありました。彼らはフルーツピッキングをするとビザが延長できるので、よく田舎の農作業に来ていました。そのせいか、日本の文化には元々興味があったし、ちょうど公開になったソフィアコッポラの映画も私たちが日本に来るきっかけの一つになったと思います。」

最大1年のつもりで移住してから、東京での生活や仕事をとても楽しんだ2人は、少しづつ日本の田舎や欧米とは異なる自然の美しさに気がつきました。季節毎に違いを感じることができる美しいキャンプサイトや温泉を訪れる度、ジャレドはオーストラリアに似たスタイルでのバンライフの可能性を日本で多く見出しました。それと同時に日本でのロードトリップ・バンライフの認知度の低さやキャンピングカーのバリエーションの少なさに気がつきます

ベットキットや家具などは、元家具職人が設計し一つ一つ丁寧に仕上げる

ドリームドライブの特徴とも言えるウッドパネルの壁を仕上げる職人

信頼できるチームと、共に生み出す新しい体験

オーストラリアとヨーロッパでのジャレドのバンライフ経験は、彼が日本で提供したいキャンピングカーライフを想像する際に、しっかりとした知識の基盤を与えました。

「オーストラリアでは、ほとんどの人が陸路でのキャンプを行っています。所謂、ロードトリップです。つまり、バンの中や外で料理をしたり、生活したりできるように装備されています。また、オーストラリアの温暖な気候から、調理は度々アウトドアで行われていました。」

移住から10年後の2018年、ジャレドは自分のファミリーカーを使用して、ドリームドライブ 初代キャンピングカーとも呼べるプロトタイプの構築を開始します。ファミリーカーにウッドパネルの内装、調理器具、マットレス、寝具をカスタムフィッティングした後、ジャレドは遂に公道で夢を試す準備ができました。
友人であり、現在はクリエイティブ ディレクターである ファー・タイソンとチームを組んで、2人は車でアクセスできるユニークな冒険のマッピングを開始しました。

 「日本中をバンで巡って、夢を現実に前進させてくれた、素晴らしいスポットの数々に出会いました。」

ジャレド とタイソン は 2019 年以来、長い道のりを歩んできました。
始まりはジャレドのファミリーカー改造という馬鹿げた夢のストーリーでしたが、信頼と品質へのこだわりは今でも継続しています。ドリームドライブのキャンパーバンは、職人によって特別に切り出された木材で、全てカスタムビルドされています。

「プラスチックで構築すると、損傷は元に戻せません。最高の木材を使用して、内装を構築し、木材の経年変化を楽しむことは、日本の優れたデニムの変化を楽しむことと同じです。」

ジャレドと同じく海外でのバンライフ経験を持つ者や、家具職人、建築家など、ユニークなバックグラウンドを持つ、ドリームドライブの仲間達。
豊富な知識と技術で、一つ一つのキャンパーバンを手作業で構築しています。
デザイン性はもちろんの事、既製品では味わえない独特な風合いが、自由気ままなバンライフのイメージをどんどん膨らませてくれる。ジャレドが夢見ていたバンライフ仕様のキャンパーバンは、仲間達によって日々アップデートされ、今日も職人達の手から一台づつ産み出されています。

創業時より度重なる試行錯誤の上、現在の新型モデルが誕生した。